Fieldwork in Mongolia - 01 -
2026年7月、2人の友人とモンゴルに訪れた。
この文章は、現地での滞在日記をもとに構成されている。
Mongolia, Karakorum, 2026.
モンゴルへ行くきっかけになったのは、去年アメリカで撮った一枚のガソリンスタンドの写真だった。
CMの撮影でノースカロライナへ滞在していたとき、夜に車を走らせていると、周りには本当に何もない真っ暗闇が広がっていて、そこに突然、煌々とした明かりが見えた。
ガソリンスタンドの「Love's」というポップな看板があり、温かそうな名前を掲げているのに、アスファルトを照らす蛍光灯の光は青白くて冷たい。そのちぐはぐな感じが変に面白く感じた。大きなピックアップトラックに、奥で小さく光るマクドナルドのサイン。これぞアメリカの車社会という感じがする。
「Love’s」US, North Carolina, 2025
後で調べると、「Love’s」はアメリカの経済と物流システムを動かすための巨大なトラックストップらしい。
遠く離れた中東での対立やエネルギーを巡るニュース。そんなスケールの大きな世界の揉め事と、今目の前でトラックに静かに注がれているガソリンが一本のホースで地続きになっている。同じガソリンが、愛という名前で売られ、戦争の理由にもなるというのは興味深かった。
そんなガソリンスタンドを撮り続けているうちに、その対になる地域を探し始めた。
モンゴルという国を選んだのにはいくつか理由がある。
①社会主義国であり、1990年に民主化し、市場経済に移行したこと。
②中国とロシアに挟まれ、どちらにも取り込まれないよう距離を測り続けてきたこと。
つまり、資本主義の外側に長くいて、そこへ近年入ってきた国だ。市場経済が何十年もかけて風景に溶け込んでいる国ではなく、まだ新しいもののまま置かれている国を見たかった。
ロシアへのガソリン依存問題や、カシミアの過剰生産による草原の砂漠化、鉱山の過剰開発など、いくつかの課題をリサーチした上で、モンゴルへと向かった。
Mongolia, Ulaanbaatar, 2026.
2026年7月11日
ウランバートルのガソリンスタンドは大変混雑していた。事前の情報ではロシアからの石油輸入に頼っているモンゴルでは、ガソリンが枯渇して大変なことになっていると書かれていた。ガソリン不足でドライバーがなかなか見つからないというニュースも出るほどだった。
首都ウランバートルではそこまでの緊迫感は感じられない。ホッとしながら進んでいくと、道中ではところどころ閉まっているガソリンスタンドや、ガソリンが枯渇して入れられない店舗も散見された。何もない草原で、ガソリンが切れたら大変なことになるので、死活問題かもしれない。
※訪れた一ヶ月後の2026年8月には首都ウランバートルで給油の制限が始まっている。
ロシア国内の製油所がウクライナのドローン攻撃で相次いで損傷し、その余波が周辺国の燃料供給にまで届いた。モンゴルも例外ではなく、事態は夏のあいだに悪化した。
2026年7月12日
作家の椎名誠は、モンゴルを旅した記録に「草の海」という題をつけた。実際にその只中に立ってみると、比喩というより即物的な描写に思えてくる。視界を遮るものがなく、地面がそのまま空に接している。杉本博司の「海景」シリーズのように、今この景色と同じ光景を太古の人も見ていたのかもしれないと思う。
ただし、この緑は豊かさの証ではない。草原の年間降水量は日本平均の1/4にも満たない。木が林立するには水が足りず、丈の低い草だけが土地を覆う。裏を返せば、日本の山が森に覆われているのは、そこに豊な水源そして雨があるからだ。
そんな「草の海」には今一つの問題がある。
立命館大学「モンゴルの牧畜」によると、社会主義時代、家畜の数は集団管理のもとでほぼ横ばいに保たれ、3000万頭を超えることはなかったそうだ。1990年の体制転換で私有化が進むと、枷が外れたように増え続け、2022年末にはその数7112万頭、過去最大数を記録する。
家畜の中でも増えたのは、カシミアの原料を生み出す家畜「ヤギ」である。ファンション分野でカシミアの国際的需要が高まり遊牧民の選択を変えた。ヤギは草を根ごと引き抜いて食べるため、伝統的には羊3頭に対してヤギ1頭という比率で抑えられていた。それがいまは羊とほぼ同数になっており、牧草地のおよそ7割がヤギによって劣化している現状がある。
また、社会主義期に整備された井戸の多くが、民主化とともに水場の管理者を失って壊れ、残った水場の周りだけが集中的に食い尽くされているらしい。かつて年に10回以上動いていた地域でも、いまは2~3回という話を聞いた。
劣化した草地で同じ頭数を管理するには、より広く速く動く必要がある。そこでバイクが必要になってくる。つまりは、ガソリンも必要になってくるということだ。
2026年7月13日
モンゴルで滞在した世帯は、観光客を受け入れている家族だった。
そもそも観光客の宿泊収入は、いまの遊牧経済の構成要素のひとつのようだ。客を泊めるためのゲルがあり、板張りの床、既製品のベッド、新品の掛け軸がある。その隣に、生活のゲル。格子に直接布を張って、絨毯の上に布団がある。みな、ユーモアがあり優しい。
2026年7月13日
朝6時、ゲルの主人(父親)が車で水場へと連れて行ってくれた。冬の野営地にある貯水槽までは馬で30分だが、車では10分ほどで到着した。水汲みやそのほか朝仕事の動作から、父から子へ様々な作業が教えられてきたことがわかる。
ゲルへ戻ると、ソーラーパネルを立て、電力を引くのを手伝った。それにより冷蔵庫や衛星アンテナが稼働していく。家畜の糞の山を燃料にしながら、ガソリンも、ソーラーも無駄なく使っている。ここでは、豊さよりも現代への適応手段としてエネルギーがあるように思う。
モンゴル政府が世界銀行などの支援で2000年に始めた電化プログラムによって、可搬型のソーラーホームシステムが遊牧民世帯に広く行き渡った、という報告を読んだ。加わったのはソーラーとバイクと、ときおりの発電機と、観光客の宿泊収入。それ以外の生活は、ほぼ祖父母の代と同じだという。
西洋的な生活がそのまま普遍化することは、物理的に不可能だ。しかしその代わりに、別の解がすでに成立していた。モンゴルには完成した一つの現代生活様式があるようだ。
固められた牛の糞。夜はこれを燃やし暖を取る。臭くない。
2026年7月26日
帰ってきて、撮影したネガを150枚ほど並べた。草原では見えていなかったものが、机の上で見えてきた。これはこれで別のフィールドワークのように思う。
白いプリウスがやたらと写っている。 給油待ちの列も、ほとんどがプリウス。パトカーもプリウスだった。中古のハイブリッド車が日本から流れてきて、この国の足になっている。
燃費がいい、環境にやさしいとされる車が、ガソリンの乏しい国で第二の生を送っている。さらに見ていくと、タンクローリーは中国製のベンツだった。小型トラックは韓国のHyundai Porterで、バイクは中国のHaojue。
草原を動かしている機械は、ほぼ東アジア三国の中古と低価格車でできているようだ。
日本はこの草原に対して、買い手であり、売り手でもある。カシミヤを買い、車を中古市場へ売る。
そのどちらも、ここに届いているということがわかる。
撮影と編集は、別の目で見る行為なのだと思う。
2026年7月14日
ウランバートル市内に戻ってきた。早朝6時に街を散策していると、乗り捨てられたeバイクを発見する。バイクは「人馬一体」な乗り物というが、昨日まで見ていた馬とは違うユーモラスな光景だ。糞から薪へ、石炭へ、ソーラーへ、ガソリンへ、そして充電式の共有モビリティへの移り変わり。モンゴルの生活のことをもっと知りたい。
Mongolia, Ulaanbaatar, 2026.
モンゴルを学ぶと、日本や世界が見えてくることがある。
フィールドワークをまとめている過程でも、エネルギーと生活について考えることができた。
モンゴルは広大で、当初計画していたものは全て撮ることはできなかった。
なので、この秋にモンゴルに再び訪れる予定だ。
いつか写真集として形にしたい。
その時は、これが最初の写真集になると思う。
・参考文献
家永泰光「草原文化の道」
椎名誠「草の海」
田中克彦「モンゴル 民族と自由」
栗原康「有限の生態学」
立命館大学「モンゴルの牧畜」
モンゴル国家統計局(NSO)家畜統計調査 モンツァメ通信社
JICA「モンゴル国 電力系統の低・脱炭素化と安定化のための情報収集・確認調査 ファイナル・レポート」
Mongolia, Karakorum, 2026.